七枝刀(ななさやのたち)、ななつさやのたち、とも。日本の実在する刀剣、または神話伝承 に由来する刀剣。神剣。
奈良県天理市布留(ふる)の石上神宮(いそのかみじんぐう)伝世の鉄剣。伝世呪刀(じゅとう)。
全長74.9cm、刀身約65cmの鍛鉄の刀。左右に3本ずつの枝刃を交互に出す。
石上神宮では長く伝世し、神事でも「七支刀」は神聖視されて、
「六(むつまた)刀」「六鉾(ほこ)」ともよばれていた。目釘(めくぎ)穴がなく、
茎(なかご)の部分が短い。
刀身の表と裏の金象眼の銘文61字には「4c世紀後半に百済(くだら)で作られた」とある。
「泰(和)四年(369)五月十(六)日丙午正陽」と始まる銘文に「七支刀」とあり、
「百済(くだら)王世子」が「倭(わ)王」にもたらした呪刀であると判読される。
七枝刀(ななさやのたち)、ななつさやのたち、の名は「日本書紀」の神功皇后52年9月の条に
「久(くてい)等、
千熊長彦(ちくまながひこ)に従ひて詣(いた)り、則(すなわ)ち七枝刀一口、
七子鏡(ななつこのかがみ)一面及び種々の重宝を献る」という記載があり、
この七枝刀にあたるとされている。
また象嵌の文とあわせ、百済王から献上または下賜されたか、説があるが百済王世子が
作刀の主体で、
この頃(369)年の百済は勢力が高まり、371年には平壌に侵入して、
高句麗の故国原(ここくげん)王が戦死している状況だった。
石上神宮の御神体は「ふつのみたま」、「ふつしのみたま」、「ふるのみたま」で 七支刀は御神体ではないが、毎年 6 月 30 日の 神剣渡御祭(しんけんとぎょさい)で、七支刀が神剣の代わりに用いられてきた。
参考資料
・大辞泉 (JapanKnowledge)
・日本大百科全書 (執筆者:上田正昭 小学館)
・
名刀 その由来と伝説 (牧秀彦:著 光文社新書)
他
(C) 幻想世界神話辞典 - GENSO SEKAI Myth dictionary