古代メキシコの神。ケツァルコアトルとは「羽毛のある蛇」という意味。多くの羽毛をつけたガラガラ蛇として表されている例がある。古くはティオティワカン文化からトルテカ文化、アステカ文化と時代と民族を違えながらも信仰され続けた。
ティオティワカンの頃は水や植物の成長に関連付けられた農耕神だったが、トルテカ以後は人間に技術・芸能を授けた文化英雄的な面が加わる。これは実在した人物と思われるトルテカ王トピルツィンがケツァルコアトルに仕える大神官であり、都市の発展と住民の生活の向上に偉大な業績を残したことが関係している。当時、大神官は仕える神の名で呼ばれるのが慣習だった。このため神話の語り部たちもケツァルコアトルの名が出ると元々の神の名かトピルツィンのことか混同したのだ。
しかし本来戦士的傾向の強いトルテカ、アステカの民の主神は戦神としての性格が強いウィツィロポチトリであり、テスカトリポカであった。実際テスカトリポカの奸計により、トピルツィンのケツァルコアトルは都を追われた。
他、類話に「クモに化けたテスカトリポカにプルケという酒を勧められ、その甘美な味に酔いしれ、乱れた生活をするようになり、妃のケツァルペトラトルのことを忘れて他の女性と享楽にふけるようになり都を立ち退くことになった」
あるいは、「老人に化けたテスカトリポカに神通力で泥酔させられ、美しい妹のケツァルペトラトルと一緒の部屋で一晩を過ごし、朝、正気に戻り、恥ずべき行為をしたことを知って王位を退き、忠実な従者を連れ流浪の旅に出た」
「テスカトリポカ(の神官)に酒で酔わされ、女の神官と交わってしまった」と伝えている。
神官としての純潔さを失った王は西暦987、別の説では999年にトゥーラの都を去ったという。
後に帰還を誓って蛇の筏で東に去ったとも、自ら火葬し天に登る灰が輝く羽の鳥たちになったとも、死んだのちに明けの明星が現れるようになったので復活したケツァルコアトルが天界の玉座に登ったのだとも言われる。
この金星としてのケツァルコアトルには双子の神として伝わる神話があり、犬頭の神ショロトルと共に生と死を象徴している。ある時冥界に降りたケツァルコアトルは、冥界の神からかつて滅んだ世界の人間の骨を貰い受けようとした。承諾はもらったが気が変わっては困ると思い骨を引ったくり走り去った。冥界の神は怒りうずらに命じて攻撃させ、その時骨が落ち砕けてしまった。骨をかき集め冥界を脱出した後、ショロトルと相談しケツァルコアトル自身が生け贄となり、その血を骨に注ぎ新しい人間を創造した。砕けた骨に大小があったので男と女ができた、ということである。
ケツァルコアトルは温和な神であり、この神を信仰する者は民族の持つ人身供犠の習慣にたいして板挟みとなったようである。 しかし、歴代の王にも厳として信仰する者は現れ、また4つの方位に神学的意味と色付けを持つという古代メキシコ諸文化にみられる原理を用いた考え方からテスカトリポカの化身の一つ(東の白)としてのケツァルコアトルが存在した。
慈愛あふれる性格のケツァルコアトル神はトルテカ文化、アステカ文化の宗教的習慣の否定の怖れを持ちながらも、その性格ゆえか大きな影響を持って生き残り続けた。それは付加された神格(エヘカトルという呼称に風を司る神格、ウェマク(「強き手」の意)という名に地震を司る神格)や、人間に火を与えた神としての物語、自身を犠牲にしての人間創造の神話に現れている。(のではないだろうか?)
世界最大の翼竜ケツァルコアトルス、はこの神話の蛇の名に由来する。
(C) 幻想世界神話辞典 - GENSO SEKAI Myth dictionary