食肉目イヌ科の哺乳類、中形の肉食獣。世界各地で、強い動物、怖れの対象となる生き物が信仰される、神格化されることは多く見られる。
狼もそのひとつである。
スラヴ地域では戦士が狼の毛皮のベルトをまくことで狼の力を得られるという伝承があったようだ。
日本でも牙や骨や毛、狼の頭がまじない(呪禁)や薬にされたという。肉や毛皮は人をよく暖めるとも、牙もそうだが邪気を除くという。
古代ローマ、ヨーロッパでは狼神は穀物神、豊穣神とされていた。
フランス、ドイツ、スラブ諸国では、オオカミを穀物霊としており、最後に刈った穀物の束でオオカミの形をつくる風習もあった。
また冬至祭(ユール?)にオオカミの毛皮をつけた男が登場したり、オオカミの剥製を担ぎ回ったりする穀物の豊穣を祝う行事があるようだ。
日本でも鹿・猪・兎といった畑を荒らす動物を狩るところから神とされたようだ。
また古代ローマの伝承では建国の祖ロムルスとレムスは狼に育てられた。
モンゴル、トルコ系の民族は狼が始祖である神話伝承がみられる。
また中国ではシリウス星(大犬座のα星)のことを「天狼星」(てんろうせい)と呼んだ。
一方では、畏怖すべき存在として魔物としての伝承もある。北欧、ゲルマン神話では、太陽、月を飲み込む狼スコールとハティ、
また強力な力を持つフェンリル狼などがでてくる。
またゲルマン系の伝承の英雄ベオウルフ(ベーオウルフ)Beowulfはケニングで「熊」を指す言葉。古英語でbeo wulfで「bee-wolf」である。
ギリシャ世界では冥府の女神ヘカテーが牝犬、牝狼と呼ばれる、また
アルテミスの従者のニンフ、カリストーの父とされるリュカオンlykaon(狼のような男)、
トラキアの殺人狂の王リュクルゴス(狼男の意)などの
名前が見られる。
モンゴルでも狼は神の扱いをうけることもある。ある者が異常な狼をみて竜神だと思ったが、勇気のある者が射ってみると、食べた獲物の毛皮
の残骸が頭にくっついていただけだった。
また狼関連の伝承としてはヨーロッパの狼男、ウルフマン、人狼(ワーウルフwerewolf、ライカンスロープ)伝説が有名である。
(この種の伝説は中国では虎人、太平洋諸島ではサメ人間など身近な肉食動物で異なる)
フランスではルー・ガルーといわれる。
アイヌでは「ウォセ・カムイ」といい、山の上手(かみて)を支配する神、山の神らしい。
日本では北関東ほか、各地で神社に神としてまつられていたりする。残念ながらニホンオオカミは絶滅したとされているが。
狼の頭蓋骨を保管・安置して、骨を削って薬にしているところもある。
「送り狼」という妖怪・伝承・伝説があるが、狼はテリトリーにはいったものを好奇心をもって、領域外まで送っていくということで
説明されるようだ。日本以外にヨーロッパでも話が伝えられている。男性が女性を「送っていくよ」というときの下心をさす言葉にされるのは
ご愛嬌だろうか。
これも日本だが「千疋狼(せんびきおおかみ)」という、多数で襲ってくる話があるが、
狼は群れで狩をおこなうことによると思われる。
「一匹狼」という言葉もあるが、これも狼の行動にみられることである。
世界各地の狼(大神)、ウルフwolfあらわす言葉
オオカミ(おおかみ 大神 日本)
ホルケウ horkew(アイヌ)
ウォセ・カムイ Wose kamui(アイヌ 意味:吠える神 中島利一郎氏説)
ヌクテ(朝鮮狼チョウセンオオカミ)
ラン lang 狼(中国 狼群狗党:非道なものの集まり)
ウルフwolf(英語圏 古英語wulf)
ウルフulfr(北欧 古ノルド語)
ヴォルグ(ロシア)
ウォルフ(ドイツ)
ヴォルフ()
日本語での「狼」については
『万葉集』に「大口真神(おおくちのまかみ)」という語がみえる。今でも狼をまつった神社にこのお札があるようだ。
鎌倉時代の辞書『名語記』に「オホハ大也 カミハ神也 コレヲハ山神ト号スル也」
とある。
江戸時代語学書『和句解』には「をほかみ。口ひろきものにて 大にかむなり」
大口交 大いにかむためだという。
室町後期1484年(文明16年)の温故知新書には「豺狼サイラウノオホカミ」という語がある。
動物的な特徴としては、吻(ふん)が長く、耳は立っていて先がとがり、尾は太い。
ヨーロッパ・アジア・北アメリカに分布。春から夏にかけては家族単位で暮らし、冬は群れをつくって共同で狩りをする。
亜種にヨーロッパオオカミやシンリンオオカミ、別種に絶滅したとされるニホンオオカミなどがある。
参考資料
・
狼の民俗学 (菱川 晶子:著)
・
狼―その生態と歴史 (平岩 米吉:著)
(C) 幻想世界神話辞典 - GENSO SEKAI Myth dictionary