世界各地でみられる人間の、社会集団での意思決定の文化、行為。古代においては現代よりはるかに神聖さ、
厳粛さがあった行為のようだ。
特に都市型文明や、首長制国家等より親族関係が希薄な集団・コミュニティでみられるようだ。
政治組織の人選だけでなく、裁判や議決などにも用いられた。
2000年代に入って、日本ではアイドルAKB48の総選挙が話題になった。
現代国家では普通に行われている政治リーダーなどを決める方法だが、古代、近世まで、集団の「満場一致」
「全会一致」で
責任者や役職者、意思決定が行われる方が主流だっただろう。(選挙といっても投票で決めることが
全てではないが)
しかし、集団の近親関係・信頼関係などが崩れ、全員一致で意見を決める
ことが難しくなると、説得力をもつ意思決定の方法として用いられたようだ。集団が紛争におちいることを
回避する手段とみられる。
(大勢の中から特定の人物を選ぶのに、満場一致でなくて選ぶ方法には古来「くじ」も用いられた)
*現代日本でも同数票の場合、くじで当選を決める
以下、日本の例、古代ギリシャ・ローマ、その他の国の例を述べる。
日本では、「入札(いれふだ)」という名称が昔からある。坂本竜馬がアメリカは国家元首を入れ札で決めると聞いて
非常に衝撃をうけたらしい。
[入札の詳細]
731年(天平3年)の太政官の構成員を決める選挙が行われ藤原宇合(うまかい)、藤原麻呂(まろ)が当選したという
記録があるようだ。
近世では、1671年(寛文11年)、甲州甲府の事例が川鍋定男氏によって紹介されているようだが、
村役人を村人の入札で決める村が増えていたという。構成員の増加で意見が対立し、全員一致での
選出ができなくなり「村方騒動」という一種の訴訟に発展するなどし、入札になったらしい。
このような投票では「贔屓や荷担、邪心などを捨て、他人と相談せず個人の判断で神に誓って
投票することが求められたようだ。」
しかし相談札、買収札、饗応などがあったらしい。
1898年(明治31年)の「選挙弊害論」(岸清一:著)には有権者は「義務の大且つ重きを察し、宜しく斎戒沐浴
恐惶厳粛以て
此の特権を行ふの覚悟」がいるとある。
しかし「自己の良心に反し至重の特権を売りて自己の私利を計る」行為についても書かれている。
建前の厳粛さの表現だけでも現代の方が投票権の意識が劣化していることがわかる。
世界において、わかる範囲であげる
・古代ローマ
ローマが民主政にしたのがBC510年頃だという。
王(レックス)から選挙で選ばれる政務官(コンスル)に最高命令権(インペリウム)が移った。
国家運営に重要な鳥占いの権限(アウスピキウム)も持っていた。
被選挙権は富裕な自由市民にしかなかったようだが、市民で構成される民会(コミティア)での選挙により
政務官が選出された。投票は古くは「質問者」に口頭でイエスかノーを伝えたが、のちに木の板を箱に投票した。
どちらも「橋」という通路を一人一人通って投票した。選挙の朝に鳥占いで神々の同意を得て開催された。
ローマでの投票権はケントゥリア制というもので193票あったが騎兵18票と歩兵第一の80票が有利になっていた。
(過半数に達した時点で投票は打ち切り)。1ケントゥリアは「百人隊」という軍事組織の単位だが所属人数は
多くても少なくても
1票。軍事上重要な重装歩兵の構成層などが重視された1票の格差があった。行政区のトリブス単位の票でも
同様だった。
(ポンペイ遺跡の壁に書かれた選挙応援広告などをみると、おおいに競争していたのであろうか。
選挙や投票の心構えなど調査したい[広告は闘技場試合やお店のものもあった])
・古代ギリシャ
アテナイで民主政はBC507年に創設されたという。投票用紙は陶片など。
*オストラキスモス(陶片追放):紀元前5世紀、民主政下のアテナイに設けられていた、僭主となる恐れのある人物を
市民の投票で国外に10年間追放する制度(一種の不信任といえるか。最初に「僭主になりそうなものがいるか」で投票。過半数が「いる」と投票すると、
2か月後該当者名での投票。規定数超の最多得票者が追放された)。投票にはオストラコンostrakon(陶片)が用いられた。
かなり多くの政治家が1度は追放されたらしい。
他にも審議の決や、罪人の刑罰を決めるのにも投票が行われたようだ。
民衆法廷では有罪・無罪の投票はコインの真ん中に棒を通したコマのような用具を使った。(軸が中空のものとそうでないもので分けた。
棒の穴を指でかくして投票したらしい。中空のが原告、つまったものが被告側で、同数では被告側の勝ち)
ソクラテスの有罪・無罪の投票は281票対220票で有罪、2回目の処罰法の決定はもっと票がひらいて死刑になったという。
ソクラテスは政務官アルコンをくじびきで選定する制度は無能な人物を選出するおそれがあると批判していた。
アテナイのほとんどの官職は割り当て制だった。法廷の審判人は不正防止のため抽選装置で選出したという。
(選挙投票での買収行為が公然と行われたため、資産の差がでないようクジ引きにしたので素人アルコンが多く出た)
前6世紀、民主政の土台づくりをおこなったソロンは抽選ではなく選挙で選出された。
アレクサンダー大王をオリュンポス13神にする投票、
というものもあった。
(不敬だというので動議を出した・賛成票を投じたデマデスは罰金刑になったという)
・日本
かなり早い時期から寺院の人事で多数決の選挙が行われていた。これは仏教とともに入ってきたらしい。
入札(いれふだ [入簡]、にゅうさつ )
人物、金額、可否などを記した用紙を投票し、人選、売買価格(請負額、頼母子の落札額等も含む)、
集団の意志などを決定する方法。
とくに近世、人選のため広く行われた。
武家:
織田信長、豊臣秀吉などが戦功者の選出や「にげ札」として臆病者
を密告させたという。(『山鹿語類』)
加藤清正は母衣(ほろ)の勇者を選出するのに諸士に入札を行わせたという(『翁草』)
寺院:檀林などの住持を決定するために行った。
朝廷:楽人の課試の優劣を定めるため行われることがあった。
村落:村役人の選出や盗人の摘発に行われた。
明治新政府は三等官以上の入札で左大臣、議定、参与、知事などを選出したことがある。
・ヨーロッパ
中世頃からキリスト教の組織内では人事等で多数決によって決をとっていた。
やはり満場一致が望ましかったようだが、多数決も用いられた。
僅差や同数の場合、上位の聖職者による「徳性」の優位で決定するという場合もあった。
ヨーロッパや日本で、宗教組織内の人事が公平さを求めるためか、選挙(多数決)で決定され、逆に 世俗の、王朝等の人事は支配者の意思や満場一致で決められていたことが興味深い。
古代ギリシャの民会(エクレシア)のような集まりは、北欧やアイスランドの「シング」もあるが、議決の 仕方は未確認。
その他、チーフダム(首長社会)規模以下の社会集団では合議、満場一致などが意思決定の重要な方法だっただろう。
近世において王権国家でも貴族による議会が登場する。
強権的な王政に対して民衆が革命を起すなど現代へ向けて変化していく。
・帝政ロシアの議会ドゥーマ
ツァーリ(皇帝)がいつでも解散できるが立法権はある。4回選挙・議会が開かれた。
政党も多くあった。これは国政のドゥーマで、地方のドゥーマはもっと自治的に実権あったようだ。
議員の多数派が市長職を擁立できるなどあった。
人間の文化的行為の多くが(「政治(まつりごと)」「裁判」なども)元々は神聖的、神事的要素を持っていた。 選挙や投票などの行為は、それ以前の神的なものが関係したものから、そうでなくなることへの何かを みることができるかもしれない。
大勢の中から特定の人物を選ぶのに、満場一致でも多数決でもなく選ぶ方法には古来「くじ」があった。
神意的な選択として、いくつかの内容を記したものをひとつの容器にいれ、そこからひとつを取り出して
決めるという
ようなことだが、筆者は「逆くじびき」とでもいおうか、投票には幾分このクジの変形的要素がなくも
ないと考えている。
調べて加筆したい。
1428年、室町時代、将軍・足利義持が亡くなった時、遺言で4人の弟からくじ引きで次の将軍を決めた
(息子が将軍を継いだが先に亡くなっていた)。
4人が名前を書き、第三者が石清水八幡宮でひいて決まったのが6代将軍足利義教(よしのり)だが後に暗殺された。
古代ギリシャのオリンピック(オリンピア祭)の審判団ヘラノディカイはくじ引きによって選出された。 時期で異なるがBC480年には9人、最大12人まで増えたらしい。
意思決定の方法ということでは、多数決以外に、「ジャンケン」「コイントス」や「くじびき」 「サイコロ」など偶然性にたよったものがある。 競技などではテニスのラケット・トス、将棋の振り駒、囲碁の石握りなどがある。(順番の決定)
余談だが、2011年のAKB48 13thシングル選抜総選挙「神様に誓ってガチです」 のタイトルに、建前でも
まだ神に誓った投票の意思が伺え…ないか。
日本では安達謙蔵、松野鶴平、小沢一郎など、選挙での大勝を導く人物に「選挙の神様」という
異名がつけられるようだ。
参考資料
・
満場一致と多数決―ものの決め方の歴史 (1980年) (日経新書)
・
選挙違反の歴史―ウラからみた日本の一〇〇年 (歴史文化ライブラリー)
--「江戸時代にもあった選挙とリコール」(川鍋定男:著)
--争点日本の歴史 (5) (青木美智雄:編 新人物往来社)
・
多数決とジャンケン ~ものごとはどうやって決まっていくのか
・
ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)
・
アテナイ人の国制 (岩波文庫 青 604-7)
・
ローマの歴史 (モンタネッリ著 中公文庫)
・
古代ローマ帝国の謎 (光文社文庫)
・図説古代ギリシア(東京書籍)
・世界の歴史4 ギリシア
・日本大百科全書 (執筆者: 小学館)
・eプログレッシブ英和中辞典 (JapanKnowledge)
他
関連項目一覧
アレクサンドロスをオリュンポス13神にする投票 (英雄,王)
ギリシャ (文化地域)
ローマ (文化地域)
日本 (文化地域)
(C) 幻想世界神話辞典 - GENSO SEKAI Myth dictionary